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私は面倒なケースはいつも日曜日の午後十分な時間をとって、そしてまたもう一度会いましょうと言うのです。やはり私たちの時間の投資の仕方が大事なのです。そうすると、それでは先生にお任せしますという声が返ってくるのですね。そうなればもうこれでいけるなということになるのですが、いちばん難しいのは若い人です。若い人には本当にむごいですよ、真実を告げるというのは。しかしやりたいことが残されているわけですから、そのことを私たちが奪うことは暴力ではないかと思います。その人からその人の時間を奪うというのは非常によくないことです。
非常に難しい例だと思いますが、時間が大切、大切な時間をどう投資するかということだと思います。
〔症例8〕
告知(truth telling)長野赤十字病院内科斉籐博
●48歳、男性、会社員、悪性リンパ腫、骨髄移植後再発
関わった部門:内科医師、放射線科医師、薬剤師、外来婦長、訪問看護部、ケースワーカー、救急病棟看護婦、内科病棟看護婦
経過
平成3年発症。平成6年1月再発、同年2回の骨髄移植受けるも再発、治療方法ないことから自宅療養勧められ退院。平成7年9月救急病棟入院。さまざまな症状に伴い不安強くカウンセリング受ける。訪問看護希望し10月退院。「(勤めている)かあちゃんの代わりに留守番くらいはできるんです」
平成7年12月発熱、左膝下痛みで再入院。「悩んだ時期もあったけど、いろいろな人と出会い、いまでは精一杯生きようって気持ちになれました」。骨シンチの結果を見て放射線照射了解するも、照射終了後も悪癖改善しない。「痛みってもんはいやなもんだ。でも動けるだけありがたいって思わなきゃな」「照射しても痛みが治らないとはどうしたことか。今後どうなるかと思うとイライラする。一人娘がいるが、娘の前で“俺は死にたい”なんて言ったらだめだね。頑張って生きようと思う」
平成8年3月5目、左足より大量の排膿、自壊始まる。「足の痛みの原因がわかって、処置もしてもらえたので安心した」。3月21日、突然呼吸困難出現あり、胸部CT結果を見て副作用の少ない治療方法選択。「おふくろも悪いし、橋もこんなんじゃなあ、どうするんだ」。治療で症状改善「胸のほうはよくなったけど、またなるんじゃないかっていう不安はあるね」。左足の疾病続く「痛くてだめだ。全然痛み止め効かないよ。上向きで寝ていると胸が苦しい。俺もうだめかな」。足の痛みに対しモルヒネの使用納得、疼痛とれる。「……個室?やっぱり一人でいるのは寂しいからいやだな。最後の最後という時にしてほしいなあ」。症状進行「個室にお願い!かあちゃん!お金、お願いな」「一日一日頑張るだけです、それも寿命ですから」。足の自壊部に露出した骨を処置時に見てしまう。「ショックだ!こんなにひどくなっているなんて……」
3月31日意識レベル次第に低下「やっぱりかあちゃんがいなけりゃね、かあちゃんはかあちゃんだ。俺このまま死ぬのかなあ。奥さん、20年間苦楽を共にしてきて感謝感激だよ。(息が)苦しい!楽にしてくれ!だけど痰がどうしてこんなにからむのだろう。熱も出たから肺炎だよ、畜生!苦しい!赤いものが見える。頭も少し痛い。きっと頭の中の血管が破れて出血したんだ……」
同日夜死亡。この患者は日々の病状の説明を冷静に受け止め自ら評価し、死の直前まで自分の思いを語り続けた。告知(truth telling)とはなんと厳しくおごそかなものであろうか。
truth tellingのもたらす重圧感
西立野 このケースは、患者さんに心理的な負担を与えることがいいことか悪いことかという問いかけですか。
発表者 告知をすることで、真実を知ることで生きかたを選び安らぎが得られるとは私たちもそう思うのですけれども、こうやって一人の患者さんの本当の言葉を見てみますと、安らぎというようなことからはほど遠い部分で精一杯生きていて、それが正しいことだろうとは思いますけれども、医者として本当に何ができたのかという反省をしますと、いけないことをしたのではないかという気がするのです。
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